2016年6月30日木曜日

&TRAVEL台湾 2017が発売されました。

台湾のガイドブック「&TRAVEL台湾」の2017年度版が発売されました。昨年の創刊号でもお手伝いしましたが、最新版では内湖を中心に追加取材をさせていただきました。


ハンディ版、Kindle版もあります。ぜひお手にとってご覧ください。

巨人3軍が教えてくれたこと。

巨人3軍の台湾遠征に、家族に許される範囲で密着しました。ウェブや雑誌でちょこちょこ記事は書かせていただきますが、そこには書けない、個人的な感想を書いておきます。



私は20年来のベイスターズファンですが、巨人に3軍ができたことはちょっと気になっていました。巨人3軍という響きに、ソフトバンク3軍にはない、特別なものを感じたからです。巨人のブランド力が弱まっていると言われていますが、それでも長年日本のプロ野球界を牽引してきた存在であることに変わりはない。その歴史はやはり特別です。栄光の巨人軍の、その3軍。誇りと無念さが入り混じったようなその響き。現在地を示すには「育成」よりも「フューチャーズ」よりもリアルな表現です。

球場も練習場も1軍2軍が使っていない時だけ使用できる。飛行機もエコノミークラス。そんな裏話を聞き、「力がないからここにいる」という選手の言葉を聞いているうちに、いつのまにか感情移入していたのかもしれません。私だってライターとしては3軍です。好きな野球を仕事にすることはできていないし、力不足を感じることばかり。

取材交通費が出るわけじゃなし、台中まで行ったら赤字だとわかっていたけれど、台湾代表のドラフト候補を見るという大義名分もあったけれど、結局は必死のプレーが見たくて、気づいたら私は球場に向かっていました。ボテボテのゴロに顔を歪めながら全力疾走する姿に、11点差で負けている最終回も声を出し続けるベンチに、勇気付けられていました。

足りない何かをつかむ日はやってくるのかもしれないし、こないのかもしれません。それでも置かれた場所でもがくことの尊さを教えられ、これこそ3軍にしか伝えられないことだと思いました。

灼熱の台湾で過ごした7日間が彼らの糧になりますように。これから先も悔いのない野球人生を送れますように。遠征最後の日を迎えた選手たちの背中を見つめながら、月並みにも強くそう願っている自分がいました。私はこの6月を、決して忘れません。

2016年6月29日水曜日

台湾プロ野球上半季終了とドラフト

こんにちは、高橋です。巨人3軍の台湾遠征を追いかけながら、ガイドブックの取材と原稿に終われ、暑さも忘れる1週間を過ごしていました。ずっとパンパン状態で家事をサボっていたので、家の中が荒れに荒れています。パンツを使い果たした子供が海パンで幼稚園に行ったり、暑さでリモコンの電池が溶けたり、家を開けたツケが容赦なく襲いかかる水曜日。文句を言わない家族に感謝して、洗濯機を回しまくる今日です。

そうこうしているうちに台湾プロ野球は3月〜6月(上半季)までの日程を終え、兄弟エレファンツが独走態勢のまま上半季を制しました。2013年から上半季と下半季の間にドラフトが実施されまして、今年も注目選手がプロ野球(CPBL)4球団に指名されました。

画像は運動視界から拝借しました

ウインターリーグの時に取材して「台湾エンタメパラダイス」で取り上げさせてもらった文化大学のイケメンは2人とも1位指名されました!


張閔勛選手はラミゴモンキーズに、蘇智傑選手は統一セブンイレブンライオンズに入団決定!おめでとう!!


こちらは蘇智傑選手と、同じく統一に指名された陳傑憲選手の〝ダブル傑〟を取り上げた自由時報の記事。実力とルックスを兼ね備えた2人が入団!と伝えています。陳傑憲選手は巨人3軍戦でも大暴れ。こちらもかなりのイケメンです。彼らは今年10月のU23ワールドカップ(メキシコ開催)でも台湾代表に選ばれるはずなので、今からチェックしておきましょう!

それと最近台湾プロ野球を賑わせた話題がもう一つ、義大ライノスがなんと身売りを発表したんです。。4球団しかないのにまた身売りだなんて!しかも2013年に興農ブルズからオーナーが変わったばかりだというのに。。身売り発表でチームにも動揺が走り、その後義大は7連敗。上半季は最下位で終えています。そりゃ集中できないよ。。身売り先が見つからなければチーム経営を続けるということですが、どうなることやら。

そんなこんなで揺れる我が家とCPBLですが(一緒にしないで)、7月から新人を加えて下半季がスタート。7月16、17日にはオールスター戦も開催されます。義大の行方を見守りつつ、夏本番の野球観戦を楽しみたいと思います。

2016年6月22日水曜日

台湾の野球場その③新莊棒球場

魔の交流戦が終わった。。。でも須田選手と乙坂選手の怪我が心配な高橋です。

台湾には巨人3軍が来て、地元チームと対戦しています。昨日は4−5で文化大学に敗れてしまいましたが、今日の同カードはどうでしょう。私もこれから球場に行くつもりです。

台北市内からアクセスできる野球場としては、以前ご紹介した天母棒球場と、桃園國際棒球場があります。位置関係でいうと、東京からの神宮球場、横浜スタジアムだと思っていただければ距離感が想像しやすいかと思います。関西では。。今度大阪出身の友達に聞いておきます。

今日ご紹介するのは、本日巨人3軍対文化大学の試合が行われる新莊棒球場。台湾プロ野球では兄弟エレファンツの主催試合で使用される球場です。


MRTで台北中心部から20〜30分。「新莊駅」からはバスも出ていますが、歩いても15分ほど。正面入り口にヤシの木が植えられていて、南国情緒がありますね。


1番出口を出たらそのまま回れ右して、右手の道をトコトコ歩いていくと、大きな体育館がありますので、ここの信号を左折。

ちなみに体育館のちょうど向かい側にセブンイレブンがあります。球場の目の前にもFamily Martがあるので、ビールなどは直前で買ってもいいと思いますが、このセブンにはぜひ入ってみていただきたい。


地下にけっこう広めのイートインスペースがあって、その壁一面に兄弟エレファンツの選手がいるからです。観戦気分が上がること間違いなし。


体育館、球場を含む新莊公園は敷地も広大で、市民にとっての憩いの場。球場へと向かう道にあるこの湖も人気のスポットです。青空カラオケを楽しむお年寄りに出くわすことも。


電光掲示板はレトロですが、2003年には外野席の椅子も完成し、10000席を擁する台湾ではかなり大きな球場です。センターは400フィート、両翼325フィートという国際規格で、プロ野球ではホームランが出にくいことでも有名なんです。外野席の工事の際にカラービジョンも設置されています。


2014年に侍ジャパンと親善試合をやった時も、会場はここでした。台湾の野球ファンがたくさん観戦に来ていました。


MRTと徒歩でアクセスできるのはやっぱり楽で、プロ野球観戦はもっぱらこの球場になりがちです。アルコールの販売がないことが多いのは難点ですが、臭豆腐や台湾風ソーセージなど小吃の屋台は充実しています。付近のコンビニでビールを買って向かいましょう。

台湾エンタメパラダイスvol.15 発売されました!

台湾エンタメ情報満載の「台湾エンタメパラダイスvol.15」が本日発売されました。久しぶりに登場したジェリー・イェンさんの表紙が目印です。


今回はリウ・イーハオさんのインタビューと、夏のオススメグッズページを担当させていただきました。取材時にビックリするほど感じのいい人だったリウ・イーハオさんは、カメラマンさん渾身の写真が本当に素敵ですので、ぜひご覧ください。

2016年6月21日火曜日

どうやって中国語を習得したのか、という話

どうも。夏前に必ず体調を崩す高橋です。
ありがたいことに、毎日締め切りに追われる日々を送っています。

特に秀でたところがあるわけでもない私のような平々凡々なライターに、これほどまでに仕事が舞い込んでくるのは、ひとえに台湾在住だからであります。海外でヒーコラ言いながら暮らしているからこそ、台湾観光のガイドブック、雑誌の台湾特集、台湾エンタメの雑誌、台湾で発行されている日本語雑誌、というフィールドで活躍できるのです。ありがたや。

そこを強みにしている以上、中国語での取材もこなさなければいけないわけですが、30過ぎてから台湾に移住して、慣れない場所での暮らしや子育てにも必死の私が、中国語をモノにするのはかなりハードな道のりでした。今もモノにしているとは言い難い状況ですが、それでもなんとか仕事ができるようになったのは、一応こんな努力をしているからです、という話。

ちなみに台湾に来る前の中国語の素地として、大学の時に第二外国語で中国語を選択していたこと、仕事で台湾の方にお会いする機会があって、あまりのいい人ぶりに感動し、2年間ほど週に1度町の中国語教室に通っていました。現地では語学学校に半年弱通っただけで、子育てに追われることに。一応基礎は習っていたはずなのに、台湾に来たばかりの頃はコンビニで「袋いりますか?」もと言われても聴き取れず固まっていました。

そんな私が台湾に来て5年で、まがりなりにもインタビューまでこなせるようになったわけです。なにかしら秘技とか秘訣を公開したいのですが、残念ながらそんなものはない、というのが結論。これまでの道のりには結局この2つしか効果を感じた方法はありませんでした。

「単語を覚える」「正しく発音する」

これに尽きます。台湾に来て1年で、台北ナビさんでの仕事をはじめたころは、正直半分くらいしか聞き取れず、録音して何度も聞き直し、重要なのにどうしても聴き取れない部分を台湾人の旦那に聞いてもらって、なんとか原稿を書いていました。これじゃまずいな、と思って、「キクタン中国語 初中級」というのを一冊覚えたら、かなり聞き取れるようになりました。「キクタン」のCDは、中国語の後に日本語が流れてくるのですが、とにかくリスニングができないことには会話にならないので、最初は中国語を聞いて、日本語が出てくる前に一旦ストップ、意味が出てこなかったら書き出す、というのを一冊やったら、台湾人が話している内容がだいたいわかる、というレベルになりました。

その後はもうずっと同じことの繰り返しです。

①生活や取材の中で、聞き取れなかった単語を書き出して覚える。
②通じなかったり聞き返された発音の単語を正して使ってみる。
③使えそうな単語と言い回しに出会ったらなるべく覚える。

本当にただただこの繰り返し。覚えても覚えてもウソのように忘れるし、発音の難しい単語を覚えたと思ったら、今度はとっさに「バナナ」の中国語が出てこなくなったりと、自分の脳みそを呪いたくなるようなことの連続で、本当に地味で孤独な戦いです。

ただ私の場合は、実際に取材で中国語をつかわなければならないため、「あー!!あの時こう突っ込めたらよかったのに!!」という後悔なんかがものすごく強烈で、なんなら3日くらいその単語やフレーズのことを考えたりするので、そういう意味では定着率がいいのだと思います。同じ場面がきたら今度は絶対使えるようにしなければ!という気持ちが強いのです。

しかも、仕事柄その会話をテープに録って、文字に起こさなければならないので、自分の稚拙さがわかるし、相手の中国語を文字に起こすことは、そのままディクテーションというやつになっているので、これも必要に迫られている分効果があるのだと思います。

テープ起こしというのは、日本語だろうが中国語だろうが、取材がうまくいかなかった時はものすごく嫌なものなのですが、中国語の場合は、「ここ勘違いして変なこと聞き返してる…」などという語学上のミスに気づくこともあるため、マジで地獄です。よくテープを聞きながら悶絶していました。ちなみに取材の場合、聞き取れてるフリをしても、あとで原稿書く時に泣くのは自分なので、必要な場合は正直に「すみません、今のどういう意味ですか?」と聞き直したり、最悪筆談で書いてもらったりもします。そこから急に相手が中国語のレベルを下げてくれたりもします。それって一見ありがたいのですが、取材としては中身が薄くなるので危機的状況なのです。悩しや。。。

最近は野球用語の語彙を強化しています。アラフォーでも頑張れば頑張っただけ成果が出ることを実感していますので、勉強中の方は一緒に頑張りましょう。また効果的な上達方法が見つかったらアップします。

2016年6月19日日曜日

な〜るほど・ザ・台湾6月号と野球選手の弁当屋さん

忙しさにかまけてアップするのを忘れていましたが、な〜るほど・ザ・台湾6月号のお弁当特集を担当させていただきました。

な〜るほど・ザ・台湾6月号

一般家庭のキッチンに押しかけてしまい恐縮でしたが、主婦としては非常に勉強になりました。台湾にいらっしゃる予定のある方は、ぜひお手にとってご覧ください。

弁当といえば、台湾でも弁当屋さんはチェーン店を含めいろいろと展開していて、駅弁のお店は駅を飛び出して市内でも人気があります。その中の一軒に「黃平洋鐵道便當」というのがあって、店名にもなっている「黃平洋」というオーナーは、元野球選手なのです。

 黃平洋さん

台湾プロ野球が創設され、野球人気が最も高まったのが約25年前。その頃、先日ご紹介した兄弟エレファンツと人気を二分していたのが味全 ドラゴンズ。黃さんは味全のエースピッチャーだったそうです。「七色の変化球」と呼ばれる多くの球種を操り、「金臂人」という異名を取ったとか。「臂」とは肩から手首までの部分を表す言葉なので、さしずめ「ゴールデンアーム」ですね。引退後に天母棒球場の近くに弁当屋を開業し、今ではチェーン展開しています。ちなみにこの方、2010年には台北市議員にもなっています。


というわけで試しに食べてみました。雞排便當85元。雑誌でも弁当箱について書きましたが、昔ながらのステンレス弁当箱入り。


ステンレス弁当の中身はこんな感じ。台湾らしくご飯の上におかずがてんこ盛りです。

味の方はいたって普通でしたので、残念ながら強力プッシュというわけにはいきませんが、こんなところにも野球の歴史が感じられる台湾なのでした。

2016年6月1日水曜日

中信兄弟のタイムマシーンに乗ってみました。

横浜ベイスターズ(現在同率2位!!!!!!!!)も先日大洋ホエールズ時代のユニホームを着てプレーしていましたが、台湾でも中信兄弟が5月28日と29日の2日間、「猛象時光機(タイムマシン)」というスペシャルデーを開催し、選手たちは球団発足当時の復刻ユニホームを着てプレーしました。

中信兄弟のオフィシャルサイトより

元横浜の鄭凱文選手や元阪神の林威助選手が所属する中信兄弟は、昨オフに台湾初のFAによって台湾代表の主砲・林智勝選手が加入したこともあり、現在好調。堂々首位を走っております。2015年から本拠地を台中に移しましたが、それまでは台北のチームだったこともあり、台北っ子に絶大な人気を誇るチームです。「黄色いシャツ」という別名があるくらい黄色のチームカラーが浸透しているのですが、この白いユニホームはアマチュア時代、チームが誕生した時のものだそうです。

兄弟は1990年に台湾プロ野球ができる前からある老舗チームで、発足は1984年。


2014年のKANOブームに乗って発売されたこの本には、1984年8月に兄弟飯店を経営する洪騰勝が野球チームを作り、月給3万円で選手を募集した、とあります。当時はどの球団も月給制だったそうです。9月1日に正式にスタートしたチームは、たった9人だったというのも驚きですね。1986年には球場も建設し、ホームグランドを持つ初めての野球チームとなり、その4年後には夢のプロ野球が創立。味全龍、三商虎、統一獅と4つのチームでプロ野球リーグがスタートします。奇しくも今と同じ4チーム。統一ライオンズも開幕当時からあるチームです。


プロ野球創設3年目に初優勝。スペシャルデーの会場となった新荘棒球場には当時の新聞の特大パネルがありました。当時は總冠軍じゃなくて、金冠軍と言ったんですね。



入り口では優勝試合の復刻チケットが配布されました。当時から入場料がほとんど変わっていないこともわかります。裏のイラストは昨夏惜しまれつつ引退したかわいい象です。やっぱりかわいい。


こちらも球場に展示されていた、優勝トロフィー。2001年、2002年、2003年と3連覇を果たして人気が確実になるのですが、八百長などの影響でプロ野球の人気が低迷し、経営難から2013年のオフに兄弟グループがチームの売却を発表します。人気球団の売却は当時大きなニュースとなりました。

その後中國信託が新しいオーナーとなるのですが、「兄弟象」という長年親しまれた名前を変えることには抵抗が大きく、「兄弟」を残して「中信兄弟象」という名前になりました。今でもみんな「兄弟」と呼びます。だから「横浜DeNAベイスターズ」を「DeNA」と呼ばない私は正しいと思います。すいません脱線しました。


そんなわけでチアガールも象くんも復刻ユニホームで登場。で、始球式はなんと「香腸(ソーセージ)屋台のおじさん」であります!兄弟象が発足した当時から、球場の外でソーセージを焼いていたという偉人。この日も正門前の定位置で屋台を出していました。そうそう、台湾野球といえばホットドックではなく、甘辛な台湾ソーセージ。球場に行ったらぜひ食べてくださいね。

球場は引くほど暑かったです。サウナに3時間入ってたような感じで、正直頭ガンガンしました。周囲を見回してもやっぱりビールを飲んでいる人がいなくて、カットフルーツを食べている人を見て「健康的にもほどがある!」と思ったのですが、体のためにはビールよりフルーツだな。そう思うくらい過酷でした。


兄弟象のスペシャルデーで、球場内はほとんどが兄弟ファンだったにもかかわらず、試合は7-3でLamigoの勝利。8回の表に台湾球界のレジェンド・陳金鋒選手が放った2ランが効きました。乱打戦を覚悟していましたが、中盤まで緊迫したいい試合でしたよ。

台湾プロ野球にはまだ特定の贔屓球団がない私ですが、少しずつ各球団の歴史を勉強していきたいと思います。兄弟についてはこんな本↓も出ているので、読んでまた記事アップしますね。